義ノ富士に追いつけ! 藤青雲 師匠の元大関武双山の紹介 大関昇進後~引退まで
しかし大関に昇進した2000年5月場所は腰椎椎間板障害で初日から全休した。そして次の7月場所も4勝11敗に終わり、関脇陥落が決定した。翌9月場所は10勝5敗とし、大関特例復帰規定に達して一場所で大関に返り咲いた。
2001年3月場所は優勝は逃したものの12勝3敗の好成績を残した。しかしその後は優勝争いに絡むことはほとんどなかった。晩年は大関カド番とカド番脱出の繰り返しという土俵が続いた。横綱への期待もあったが、左肩脱臼を繰り返したことに加えて腰痛も致命的となった。
そして2004年11月場所は初日から3連敗し、3日目を最後に現役を引退し、年寄・藤島を襲名した。その後2010年9月30日に名跡交換せずに、師匠の武蔵川親方から部屋を継承する形で藤島部屋を創設した。
続く
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