なぜ炎鵬は関取復帰できたのか? 始めに 人生訓との出会い

 また人生訓にも出会った。2024年2月に暴力問題などで宮城野部屋が一時閉鎖となった。当時の元横綱白鵬の宮城野親方が師匠の座を外れた同年3月場所千秋楽の夜、師匠代行を務めた元小結智ノ花の玉垣親方に大阪の部屋宿舎で諭された。

 「『足るを知る』という言葉を知っているか」。今が十分と理解し、求めない心を表す意味だ。読んでいた本に書いてあった偶然も重なり「今あるもの全てに感謝して生きる。歩けるだけでいい。ご飯を食べられるだけでいい。自分の中にしっくりきた」と物事の捉え方が変わった。

 大島部屋に所属する玉垣親方は「宮城野部屋全体を見て、これは恵まれているなと感じた。後援者は多いし、差し入れが多くて食べるものがたくさんある。そのせいなのか、各力士の考え方が甘い部分もあった」と話す。逆境にいた炎鵬にこそ「足るを知る」を理解して欲しかった。

 「自分を戒め、欲をかく時、気持ちを切り替える時の言葉かな。当時の彼は相撲を続けるかどうかだけで苦しそうだった。辛いかもしれないが、実は恵まれているんだよと。やるだけやってから決断すればいいと伝えたかった」と述懐する。

続く