なぜ炎鵬は関取復帰できたのか? 始めに 周囲に引退を勧められるも言うことを聞かず
2026年3月25日、大相撲5月場所の番付編成会議が行われ、炎鵬の再十両が決まった。十両時代の2023年5月場所で首を負傷して途中休場した。そして脊髄損傷の重傷で翌場所から6場所連続で全休後、序ノ口で土俵に復帰した。昭和以降、幕内経験者が序ノ口に降下してからの関取復帰は史上初となった。また5月場所で親方資格要件の一つである関取在位30場所に到達することになった。首の大怪我からの復帰であり、奇跡としか言いようがない。師匠だった元横綱白鵬の宮城野親方からは「今までよくやった」と声を掛けられた。そして兄弟子の元幕内石浦の間垣親方からも2度に渡って引退を勧められた。そして炎鵬は耳を傾けたものの、いずれも後日になって現役続行を伝えてきた。間垣親方は「めちゃくちゃ頑固です。稽古はやれと言われなくても、やりすぎる。純粋に相撲が好きなんだなと感じます」と語った。
続く
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