大の里の今後を占う 師匠の紹介 元幕内北はり磨のエピソードに関して

 そして師匠の話ではなく、ここでは北はり磨(はりは石へんに番という漢字)のエピソードを取り上げたい。北はり磨は2024年3月場所で3年半ぶりに十両復帰を果たした。9度目の再十両は史上最多タイであり、37歳は戦後二位の高齢記録となる。番付がどんどん下がり、追い込まれた北はり磨は「次の一年で成績を残せなかったらやめよう」と自身の中で区切りをつけた。そして「上がるための一年にしたいんです」という悩める弟弟子の切実な願いに部屋付きの元幕内北大樹の小野川親方が答えてみせた。「刺激をもらいに行くぞ」の一言で行った先が二所ノ関部屋であり、出稽古が実現した。元稀勢の里とは同期生であり、広大な敷地に構える部屋を目の当たりにしたこと自体、大きな刺激となった。また環境が全く違う部屋での稽古は新鮮だった。普段はやらない相手との手合わせだけでなく、力士同士による稽古やトレーニング方法に関する情報交換など、スランプの真っ只中にいたベテランには大きな収穫をもたらした。

 以来、朝稽古の前にはおにぎり、ゆで卵、バナナなどの朝食を必ず摂るようになり、それによりパフォーマンスが上がり、体重も落ちなくなったようだ。そして稽古のサイクルも変えた。申し合いは3日に1回、しかも10番前後で切り上げ、あとの1日は相撲は取らず、四股や基礎運動に徹し、残りの一日は稽古場には下りるが、基本的には休養に充てている。北はり磨は当然自分なりにアレンジしているのだろうが、二所ノ関部屋の相撲を取る稽古は週に3日のようであり、週の半分は稽古、そして半分はトレーニングや休養といった感じだと想像できる。北はり磨は3月場所は負け越し、5月場所は幕下に陥落したが体は動いており、再度の十両昇進を期待したい。

 さて現時点で部屋に関取は3人いるが友風は尾車部屋時代に幕内で相撲を取っており、大の里と白熊も大学相撲出身の有望力士という点でトレーニングの成果は定かではない。また幕下の嘉陽と宮城も日体大出身であり、相撲の完成度が高く、判別が難しい。私的には大学相撲出身ではない花の海や阿龍などの力士が関取になった時は独自の稽古の成果だったと判断したい。また今後二所ノ関親方が師匠としてどれだけ成果を上げるかは他の部屋の師匠や相撲関係者は大いに注目していると思われる。そして力士育成に限らず、阿見町や茨城県を盛り上げ、町おこしをしようという壮大な意図が伝わってくる。関取衆が増え、今以上の勢力を築けば稽古の取り組み方が一気に変わることも考えられ、今後も目が離せない。

続く