なぜ霧馬山は大関に上がれたのか? 二大関の陥落

・二大関の陥落

 去年の9月場所後に御嶽海が、そして11月場所後に正代が大関から陥落した。怪我があったとはいえ、個人的には2人にはもう少し大関の座にしがみついて欲しかったところだ。あっさりと大関の地位を手放したという印象がある。しかし霧馬山のように上を目指す力士にとっては上位力士を破り、自らその地位を狙いに行くのは当然である。勿論一場所で対戦する回数は基本的に一回であり、自力で大関の座から引きずり降ろすことはほぼ不可能である。しかしカド番大関がギリギリ勝ち越せるかどうかの状況になることは時々見られ、その時は大関と関脇以下との対戦では激しい攻防が見られる。観ている方は楽しいが、取っている方はまさに生存競争であり、大変である。

 しかし今年1月場所からは一横綱一大関であり、しかも横綱照ノ富士は両膝の手術で3月場所まで休場していた。3月場所までは看板力士は貴景勝一人であり、強い力士の誕生が待たれる状況になった。結局理事長は大関に上がれる基準は下げず、今までの基準、つまり関脇・小結の地位で三場所の通算勝ち星が33勝以上という目安は変えなかった。それでも33勝を挙げても以前の貴景勝のように見送られる時もあり、二大関の陥落は霧馬山が大関に昇進できた理由の一つと言っていいと思う。

続く