なぜ炎鵬は関取復帰できたのか? 炎鵬の来歴 大学時代~初土俵まで
高校卒業後は金沢学院大学人間健康学部に進学した。そして1年次に西日本学生相撲新人選手権大会で優勝した。その後2年次と3年次には世界相撲選手権大会の軽量級を2連覇するなど全部で10個のタイトルを獲得した。
就職活動中、応募先からも面接で角界入りを勧められており、そのようなこともあってか大学卒業後は横綱・白鵬の内弟子として宮城野部屋に入門した。入門の決め手になったのは白鵬からの「相撲は今しかできないぞ、人生かけてみろ」という言葉であった。四股名の炎鵬は「炎のような相撲を取れ」と白鵬が命名した。角界入りした理由としては、他にやりたいことが見つからなかったという面もあった。あた「俺も石浦さんみたく強くなりたい」と元幕内石浦の現間垣親方に憧れていたのも入門の理由であった。
初土俵となった2017年3月場所は、前相撲を取って一番出世とした。同期には若隆景らがいる。5日目に新序出世披露を受ける時には、この日から白鵬が付ける予定だった化粧廻しを借り受けて使用した(白鵬は、この日から途中休場した)。
続く
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