なぜ若隆景は魅力的なのか? 生まれ持った相撲センス

2022年5月25日

・生まれ持った相撲センス

 それを象徴したのが2021年5月場所3日目の朝乃山戦である。立ち合いで当たってから左に変化し、二本差して一気に前に出た。しかし朝乃山が左に回り込みながら残すと右を差し、右の相四つとなった。若隆景の方が左上手を取っており、有利な体勢だが体格差があるので若隆景が優勢とまでは言えない。しばらく両者の動きが止まり、お互いに相手の出方をうかがう形となった。そして先に動いたのは若隆景だった。あおって頭を付けようとしたが逆に朝乃山が右の腰を突き付けるような形で寄り立てた。しかし若隆景が懸命に残すと土俵中央へ戻すと同時に頭を付けた。左上手は離さずがっちりと引いており、これで出し投げを打てる体勢が整った。そして左から出し投げを打つと再度頭を付けて寄り立てた。朝乃山は回り込もうとするも若隆景はそれを許さない。最後は左を突き付けて寄り倒した。1分の相撲だったが非常に見応えがあった。いや、見応えがあるという言葉さえ安っぽく感じるくらい素晴らしい相撲だった。私的には優勝が懸かる一番を除いては、こんなに感動した相撲は観たことがない。観たことがない人にはぜひ観てほしい相撲である。

 一言でいえば若隆景の魅力がこの相撲に凝縮されている。まずは朝乃山に寄り立てられた場面である。左廻しをしっかり引いているだけでなく、右ひじを張り、相手に左上手を許さない。口で言うのはたやすいが、寄られている中で右ひじを張る動きはなかなかできることではないし、見られない。結果的には朝乃山に左上手を許さなかったことが勝因である。そして出し投げの場面である。相手は大関であり、並の力士ならば出し投げを打っても土俵を回るだけで終わってしまうところである。しかし若隆景は出し投げを打つと右手を離した後、朝乃山に軽くのど輪を入れ、体を起こしている。そして間隔を空けた後で再び頭を付け、朝乃山の腰に付くような形で一気に寄った。最後も朝乃山のあごの真下に頭を入れている。これでは朝乃山の懐が深いといっても残りようがない。また最後の部分はしっかり掴んでいた左廻しを離し、差して体を預けているというのも凄い。普通の映像よりもスロー映像の方が若隆景の相撲の上手さがよく分かる。古い表現だが、噛めば噛むほど味がある力士である。動きに関しては言われても真似のできることではない。一連の流れの中で瞬時に判断し、最善の選択をしている。これは他の力士が参考にできる部分ではない。現に兄の若元春も弟の相撲は全く参考にしていないと言っており、それが正解だと思う。生まれ持った相撲センスが成せる業である。

続く