マスコミに好かれる男! 一山本 師匠の存在 元関脇玉乃島の来歴 引退後と私が観た印象

 引退後は年寄「西岩」を襲名し、片男波部屋付きの親方になった。そして「西岩」は若の里からの借株であったため、2013年5月7日に空き株になっていた「放駒」を取得し、名跡変更した。2014年11月24日に同じ一門の松ヶ根部屋に移籍し、部屋付き親方となった。そして2021年12月24日、所属する二所ノ関部屋を改称の上で継承する形で放駒部屋の師匠に就任した。

 現役時代は腕力が強く、右からのおっつけが強烈だった印象がある。そして組み止めると力を存分に発揮した。一方上位力士の中に入るとスピードが遅く、そのことが魁皇戦で左腕を痛めた原因だと思っている。また上位力士の速さに対応できなかったので三役定着とまではいかなかった。それに加えてツラ相撲の傾向があり、勝ちだしたら止まらない一方、負け出したら止まらなくなるというタイプの力士だった。怪我も多く、左腕に加えて右肩、股関節、背中などを痛めた経験があった。

続く