元横綱・曙の死去に関して 佐渡ヶ嶽部屋への出稽古と対琴錦戦 その2 

 元琴錦は理由をこう振り返る。「曙の腰が据わるようになったんですよ。以前は腰高のまま突いてきたのが、腰がしっかり据わった状態で長い手がグンと伸びてくるから、体重が乗って一発一発が更に重くなりました。伸ばした手の戻りも早くなって、なかなかいなせなくなった。すり足も身に付けたから、土俵際でも回り込めない。お手上げですよ」

 そして繰り返しになるが、腰が据わり、突いた手の戻りが早くなり、すり足の運びも万全になったのは佐渡ヶ嶽部屋で教えられ、身に付けたもののようである。

 また元琴錦は振り返る。「相撲を取るだけでなく、四股もすり足も、みっちりやっていましたからね。曙にしてみれば、かなり辛かったと思いますけど、性格が素直だから、言われたことをきちんとやるんです。だから教える方もつい熱が入る。うちの師匠(元横綱琴櫻の先代佐渡ヶ嶽親方)なんか『小さい者を突くときには、ニワトリを追うようにするんだ』なんて教えてて、それも身に付けちゃってましたね」

 曙は上半身に比べて下半身が細く、投げたり引いたりしたらグラつきそうである。しかし四股やすり足で鍛えた足腰ははるかに安定していたようだ。その後は右四つの相撲など四つ身の相撲を身に付けたが、四つ身の相撲にも安定感があった。元琴錦が言うように、廻しの取り方も体の使い方も、自分の体格や相撲に合ったものを研究していたのだと思う。また曙に限らず、大型力士は見た目と違って器用な力士が多いのも事実である。よって四股やすり足などでしっかりとした土台を作ったことが横綱へ駆け上がった要因と言える。確かにそれだけの能力があったのかもしれないが、誰にでもできることではない。

続く