マスコミに好かれる男! 一山本 師匠の紹介 幕内定着まで

 1998年3月場所に幕下付け出しで初土俵を踏んだ。大学を卒業した兄も同時に同じ部屋から幕下付け出しで初土俵を踏んでおり、これは史上初の兄弟同時の幕下付け出しであった。当初は玉ノ洋と言う四股名を名乗った。その後は順調に番付を上げていき、1999年9月場所に十両に昇進すると2000年11月場所に新入幕を果たした。この場所は7勝8敗で負け越し十両に陥落したが、2001年3月場所に再入幕を果たし、それ以降は幕内に定着した。

 その再入幕に際し、四股名を玉乃島と改めた。これは現役中に亡くなった元横綱玉の海が大関時代まで名乗った四股名である。当時の師匠だった元関脇・玉ノ富士の片男波親方が、有望な力士に由緒ある四股名を襲名させようと考えていたためである。しかし当時は実績がなかったので一部のファンから反発があった記憶が残っている。

続く