2021年9月場所個別評価 白鵬

 部屋の力士の新型コロナ感染により全休となったが千秋楽翌日に引退を表明し、9月30日に引退と、年寄・間垣の襲名が承認され、正式に発表された。どうやら7月場所に10連勝をした時点で引退への決意を固めたようである。そして全勝優勝後、協会に引退をほのめかしたが、協会側から「優勝しておいてそれはないだろう」と言われ、引退できなかった。結局9月場所千秋楽翌日がタイミング的にベストだったのだと思う。本人によると右膝は限界であり、7月場所で有終の美を飾ろうと考えていたようだ。しかし協会側がそれを許さず、引退が先延ばしされた格好である。まずはお疲れさまでしたと言いたい。

 数々の記録を作った白鵬だが、中でも優勝回数45回、横綱在位84場所は凄いとしか言いようがない。特に横綱在位期間は14年4か月であり、どちらの記録も当分破られないものと思われる。

 そして記録だけではない。横綱在位中に相撲の取り口も変えている。当初は鋭い立ち合いから右四つに組み止め、圧倒していた。しかし加齢により立ち合いの当たりが弱くなると減量し、相手をさばくような相撲が増えた。そして持ち味である瞬発力を引き技で使うことが多くなった。普通なら自分の相撲が取れなくなったら横綱としては引退というところだが、白鵬はモデルチェンジをし、長期間横綱として君臨した。この部分も素晴らしかったと思うし、横綱としてもなかなかできることではない。勿論相手によって相撲を変えるなど、上手さがあったのは言うまでもない。

 その一方で慕っていた元横綱大鵬が2013年に死去して以降は、意見することができる人間がいなくなったためか、張り手やかち上げなど、荒々しい相撲が増えていった。本人としては勝つためには手段を選ばずといったところだったと思うが、それを抜きにしても相手が土俵を割った後に土俵下に落とすなどのダメ押しも時に見られた。また2017年11月場所11日目の嘉風戦では立ち合い不成立と思った白鵬は、立ち合い後に力を抜くと、嘉風に一気に寄り切られた。そして白鵬は土俵下で右手を挙げ、審判団にアピールした。大相撲ではありえないことである。そして1分後にようやく土俵に上がったものの、再びアピール。嘉風が勝ち名乗りを受け、弓取りが始まるとようやく土俵を降りた。私に言わせれば横綱の品格以前の問題である。このようなことがあっては敵を多く回しても仕方がない。

 それでもアスリートとしての白鵬は認めなければいけない。多くの力士が筋力トレーニングやジム通いをする中、白鵬は四股やすり足など、徹底して基礎運動にこだわり、その結果怪我が少なかったと言える。また自らの稽古だけでなく、対戦相手もしっかり研究するだけでなく、当日の取組前の土俵下から相手の表情をうかがい、立ち合いを変えることもあったようである。そして先程挙げた張り手に関しても千代大龍が語っていたが、ほとんど失敗しないのが凄いところである。普通なら脇が開き、そこをつけ込まれることが多いのが張り手の弱点なのだが、張り手で墓穴を掘るような相撲はほとんどなかった。この部分を含めて、白鵬の相撲に対する探求心は人並外れていたものと思われる。勿論背が高く、柔軟な身体を持ち、才能に恵まれていたことは事実だが、勝つことに対する執着心と探求心がなければここまでの記録を打ち立てることはできなかったはずである。このような力士は今後現れないと言っても過言ではない。

 今後は年寄・間垣として後進の指導に当たるわけだが、再び1からのスタートである。おそらく宮城野親方が来年に定年を迎えるので継承するものと思われるが、今後は指導者としての活躍を期待したい。