角界の鉄人! 玉鷲 部屋の紹介 片男波部屋の歴史

 1961年1月場所限りで現役を引退し、以降は二所ノ関部屋の部屋付き親方となっていた元関脇・玉乃海の片男波親方が19人の内弟子を集め、同年5月に分家独立する形で片男波部屋を創設した。その後12代片男波親方は玉乃島(後の玉の海)を横綱にまで育て上げ、1971年10月に玉の海が急逝した後も関脇・玉ノ富士や小結・玉輝山、小結・玉龍などの関取を育てた。

 そして片男波親方は自身の停年退職を目前に控えた1987年9月に逝去し、それに伴い片男波部屋の部屋付き親方である元関脇・玉ノ富士の湊川親方が片男波を襲名して片男波部屋を継承した。その後13代片男波親方は関脇・玉春日や関脇・玉乃島などの関取を育てた。

 2010年2月に片男波部屋の部屋付き親方である元関脇・玉春日の楯山親方が13代片男波と名跡交換する形で14代片男波を襲名して片男波部屋の師匠に就任した。現在は玉鷲を含めて所属力士が4人とごく小規模な部屋となっている。

 2019年1月場所で玉鷲が幕内最高優勝を果たし、同部屋では1971年7月場所の玉の海以来48年ぶりとなる優勝力士が誕生した。2020年7月13日には暴行事件で閉鎖された中川部屋から、幕下・旭蒼天(移籍後に玉正鳳と改名)と呼出1人を受け入れた。

続く