角界の鉄人! 玉鷲 連続出場の理由 先代師匠の存在

・先代師匠の存在

 元関脇・玉ノ富士の先代片男波親方のことである。2010年までは玉鷲の師匠だった。エピソードが一つある。2006年1月場所、当時小結だった玉乃島(元関脇、現放駒親方)は2日目に大関・栃東に敗れた際に右肩脱臼と右上腕二頭筋断裂の大怪我を負った。取組後玉乃島は休場を申し出るため師匠の自室に恐る恐る入った。そして師匠に「肩が・・・」と言った瞬間、「ばかやろう!。土俵は戦場なんだ。痛いもヘチマも言ってられねえんだよ」と怒声を浴びた。とても休場を言い出せる雰囲気ではなく、すぐに指示された整骨院に向かった。しかし治療後も激痛で右はほとんど使えなかった。見かねた記者が館内で仕事をしていた師匠になぜ出場を続けるのか聞いた。すると土俵を指さし「ここは戦場なんだよ。一度上がったら簡単に下りるのか、闘うしかねえんだよ」と言った。玉乃島への言葉とほぼ同じである。怪我をしたからといって休場するのは私たちが思うほど簡単な決断ではないということである。またこの場所の玉乃島は後半戦から6連勝して7勝7敗まで持ち込んだものの千秋楽は力尽きて負け越した。それでも大怪我に耐え、千秋楽まで務め上げた。

 玉乃島は放駒親方となった今も「土俵は真剣勝負の場。まさに命を懸ける場所だから、そういう気持ちがなければ上がってはいけない」と語る。そして放駒親方は2021年12月からは師匠として弟子を育てている。「あの経験があったからこそ何でも耐えられる。あそこを踏ん張れたから今回も踏ん張れる。そんな人生であってほしい。その精神を僕らの代で途絶えさせてはいけないし、脈々と受け継いでいかなければいけない。それが使命ですから」

 また先代師匠以前からの部屋の教えであり、小さな部屋でありながら関取が途絶えていないというのがその答えなのかもしれない。

続く