2021年3月場所個別評価 鶴竜

 場所11日目の3月24日に引退を表明した。2月に行われた合同稽古では御嶽海を相手に2日で30番取って全勝し、復活に向けてアピールした。しかし3月場所直前の9日に左足を痛め、今場所も初日から休場した。当初は5月場所に進退を懸けることを表明していたが場所中に引退となった。引退会見では十両昇進を決めた相撲が一番の思い出と語っていた。関取になった力士は大抵そうだと思うが、横綱が十両昇進を決めた一番を挙げたところに鶴竜の人間性が表れている。

 相撲に関しては右四つともろ差しを得意としていたが押し相撲もあり、基本的には組んで良し離れて良しのオールラウンダーだった。この部分は歴代の横綱にはいなかったタイプである。そして元関脇逆鉾の前井筒親方譲りのもろ差しは絶品だった。逆鉾は関脇止まりだったが、自らの指導で鶴竜を横綱に押し上げた。勿論本人の努力は言うまでもないが、逆鉾も自分が上がれなかった地位まで上がったという意味で嬉しかったと思う。そして師匠の期待に応えた鶴竜も立派である。

 個人的には鶴竜が大関に昇進した時点でも横綱に上がれる可能性は半々と見ていた。しかしワンチャンスを逃さず、2場所連続14勝を挙げ、横綱に昇進した。当時の白鵬は全盛期である。そして白鵬に限らず絶対的な存在が君臨する中での横綱昇進は至難の業である。これは日馬富士や稀勢の里にも言えるが、大変な思いをして横綱に昇り詰めている。そして白鵬の影に隠れがちではあったが7年間横綱として勤めてきたことは評価したい。

 唯一残念だったのは引き癖が直らなかったことである。特に嘉風や妙義龍には引くタイミングを読まれ、引いたところを一気に押し出されていた印象がある。もう少し我慢すれば相撲内容も変わったのにと感じたのは私だけではないと思う。逆に引き癖が出なかった場所は優勝しており、鶴竜の調子を計るバロメーターだったともいえる。

 今後は年寄鶴竜として後進の指導に当たることになる。横綱なので5年間在籍できるが、おそらくどこかのタイミングで年寄「井筒」を取得した後、井筒部屋を再興するものと思われる。鶴竜は角界からも人間性が高く評価されており、温厚な雰囲気などは今の時代の指導者としてはうってつけの存在である。日本国籍を取得し、親方として協会に残ったことで協会関係者も喜んでいると思う。今後は本人が語るようにたくさん勉強し、指導者としての手腕に期待したい。そして鶴竜のような技能力士を育ててほしい。