2024年3月場所を振り返って 始めに 尊富士初優勝に関して

 2024年3月場所は新入幕で東前頭17枚目の尊富士が13勝2敗という成績で初優勝を果たした。初土俵から所要10場所での制覇は史上最速となった。また新入幕での優勝は1914年夏場所の両国以来110年ぶりとなった。ただ当時は年二場所しかなく、一場所も10日制であり、今とは大きく異なっていた。そして相撲協会広報部によると、大銀杏が結えないちょんまげの力士の優勝は過去にないとのことである。まさに記録ずくめの優勝だった。

 そしてドラマがあった。前日の朝乃山戦で右足首を痛め、車椅子で花道を引き揚げた後救急車で病院に運ばれた。普通なら車椅子に乗った時点で翌日は休場する力士がほとんどである。そして師匠の伊勢ヶ浜親方も「力が出ないなら止めておけ」と出場を止めたようだ。しかし夜になってから一人で部屋に入ってきて「やっぱりやりたい。痛み止めを打ったり何としてでも、この一番をやりたいんだ」と言われた。そして師匠も考えたようだが、優勝だけでなく、歴史的にも意味のある一番だし、止められないということで出場を認めた。過去には貴乃花や稀勢の里が怪我を押して強行出場し、優勝を果たしたことがあったが無理をした反動が出てその後は活躍できないまま引退している。師匠もいろいろな思いがあったかもしれないが、結局は本人の強い意志に折れた格好となった。そして師匠は千秋楽のNHKの解説者を務めていたが、いつもの厳しい表情とは違って尊富士のことを考えてか、少し心配そうな表情を浮かべていた。しかし師匠の不安をよそに尊富士は怪我をしているとは思えない冷静な取り口で豪ノ山を破り、不安を一蹴した。その後の師匠の感極まった表情が印象的だった。しかしその後はいつもの師匠に戻った。同部屋の熱海富士が負けた相撲内容に「今日の相撲は0点」と語り、実況のアナウンサーが返しようのないコメントしたのは面白かった。この厳しさが伊勢ヶ浜親方の人間性の一部である。話を戻すと師匠としても良い弟子に恵まれたと思っているのではないだろうか。尊富士と同じ青森県出身であり、思い入れがない訳がない。

 一方の尊富士は追い込まれてから精神面の強さを発揮した。上位陣を相次いで倒しての優勝であり、文句のつけようがない。あとは強行出場したツケが回ってこないことを祈るのみである。

続く