なぜ炎鵬は関取復帰できたのか? 炎鵬の来歴 現在まで 3年ぶりの十両復帰
2026年1月場所は旧宮城野部屋出身力士が一斉に「富士」で終わる四股名に改名する中で、自身は改名はせず引き続き炎鵬を名乗ることになり、唯一「鵬」の字を残す形となった。これについては、「この四股名で自分という存在がある。四股名に恥じないように自分の名前を大切にしていきたい」とコメントした。また自身のみ師匠からの改名の打診がなかったことについては、「親方の心遣いだと思う」とした。この場所は東幕下11枚目だったが1番相撲から6連勝した。そして7番相撲に勝てば翌場所の十両復帰が叶うところだったが延原に敗れ、幕下優勝と十両復帰を逃し、6勝1敗で取り終えた。
次の3月場所は東幕下4枚目となったが2連勝の後3番相撲で大花竜に敗れた。しかし5番相撲は先場所敗れた延原を下手投げで倒すなど3連勝して5勝を挙げた。14日目の7番相撲は十両の錦木に敗れて5勝2敗となったが、千秋楽で西十両13枚目の藤天晴は敗れて5勝10敗となり、幕下降格が確実となった。このことで翌場所の十両復帰が確実と報じられた。そして場所後の3月25日の番付編成会議で3年ぶりの十両復帰が発表された。
十両復帰の場所は5連勝スタートを切ったものの給金相撲には3連敗した。しかし13日目は明生を下手投げで破り、関取として19場所ぶりの勝ち越しを決めた。そして2026年7月場所は西十両11枚目で迎えている。
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