なぜ炎鵬は関取復帰できたのか? 炎鵬の来歴 高校時代まで

 炎鵬は石川県金沢市出身で伊勢ヶ浜部屋所属であり、年齢は31歳である。また身長167センチ、体重106キロであり、左四つ、下手投げを得意としている。

 北國新聞社に勤務する父親を持つ。相撲を始めたのは5歳の時で、兄の影響によるものだった。その後体の大きい友達と相撲を取って勝ったことから自信を付けて相撲にのめり込んだ。また小学生の時は6年生あたりで30キロ台と身体が小さく、相撲道場に視察に訪れた貴闘力もまさか幕内力士になるようには見えなかったと当時の印象を振り返っている。そして小学校2年から6年までは水球のキーパーも行っていた。

 金沢市立西南部中学校時代は十両の輝と同期で、3年次には全国都道府県中学生相撲選手権大会で同じ石川県代表として国体優勝を果たした。また厳しい稽古、洗濯、雑用をこなし、食事もちゃんこ3杯、米3杯を毎日食べさせられて体を作った。

 中学卒業後は金沢学院大学附属高校に進み、3年次に世界ジュニア相撲選手権大会の軽量級で優勝した。同じく3年次に高等学校相撲金沢大会で個人3位に輝くも、当時は軽量過ぎたが故に角界からの勧誘が来ることはなかった。

続く