歴史をつないだ男! 栃大海 元関脇碧山の岩友親方に関して 現役時代

 また碧山は元幕内久島海の田子ノ浦部屋に入門しており、2012年に田子ノ浦親方が急逝後、春日野部屋に移籍した。そして転籍もまとめての転籍ではなく、当時の北の湖理事長から田子ノ浦部屋の一人一人に希望する移籍先を伝える封筒が届いたようだ。つまり出羽海部屋に移籍するか、春日野部屋に移籍するかの二者択一だったようである。そして皆がかつて師匠が所属していた出羽海部屋に行くと思っていた。しかし碧山と碧己真(最高位・東幕下8枚目)の二人は春日野部屋に移籍した。

 このような経緯もあり、幕内から転落して幕内力士が不在となっても部屋関係者は「ダニエル(碧山の旧名)は悪くない」とかばっていた。むしろ碧山に感謝している人が多かったのではないかと想像している。そしてその後も奮闘し、バトンを途切れさせることなく弟弟子に渡した。晩年は膝を痛めるなど万全ではない中でよく頑張ったという印象である。

 碧山は元大関・琴欧洲と同じくブルガリア出身だった。そして身長191センチ、体重181キロの巨漢力士であり、突き、押しを得意としていた。幕内在位71場所であり、最高位は関脇だった。

 また稽古場や巡業での申し合いで強く、稽古場横綱だった。コロナ禍で無観客だった2020年3月場所は優勝争いに絡む活躍で技能賞を受賞している。稽古場みたいに落ち着けるため本来の力を発揮したという声もある。

 私的には稀勢の里キラーというイメージが強く残っている。体が大きいだけでなく肩幅が広いので稀勢の里がなかなか四つに組み止められず、対応に苦しんでいた印象がある。

続く