2026年3月場所を振り返って なぜ霧島は優勝できたのか? 音羽山親方の存在

 そして師匠の音羽山親方も霧島をよく大関復帰へと導いたと思う。確かに大関にいた頃は綱取りまで駒を進めており、能力は疑いようがない。ただ先述のウェイトトレーニングに加えて大関の時は巡業で照ノ富士に誘われて筋トレに励んでいた。そのこと自体は悪くないのだが、首痛に加えて筋トレのし過ぎで体の動きが鈍ったことも大関から転落した要因である。また同じモンゴル出身でも元照ノ富士や豊昇龍ほどセルフマネジメントが上手いようには見えない。その意味で音羽山親方もどこで口を挟むか迷っていたのは想像できる。そして音羽山親方自身師匠になってから日が浅く、手探りでの指導だったように感じる。

 大関昇進時の「謹んでお受けいたします。更なる高みを目指して、一生懸命努力します」という口上は師匠が考えたようである。まずは霧島が口上を師匠に任せるあたりに深い信頼関係が見える。そして口上の定番とも言える四字熟語は最初から入れるつもりはなかった。また「誰が聞いても分かりやすい言葉にしました」と語った。頭脳明晰であり、四字熟語の意味も分かっていそうな師匠が分かりやすい言葉を選んだのが実に面白い。

 勿論霧島昇進おめでとうなのだが、それと同時に音羽山親方にもおめでとうと言いたい。次は自身と同じ横綱に導くことを期待したい。

続く