大嶽部屋継承に関して 元十両大竜に関して 引退後

 1997年7月場所を最後に現役を引退した。幕内経験はなかったが当時の規定では十両以上連続20場所または通算25場所以上経験した力士に年寄資格があったため、大鵬の進言により年寄・大嶽を借り襲名した。最高位が十両の力士が年寄を襲名したのは1957年3月に森ノ里が尾上を襲名して以来40年ぶりであった。以降、佐ノ山、山響を経て年寄・二子山を襲名し、大鵬部屋→大嶽部屋の部屋付き親方として後進の指導に当たっていた。

 そして2010年7月、元関脇貴闘力の大嶽親方が大相撲野球賭博問題で解雇処分を受けたため、大嶽の年寄名跡を取得、再襲名した上で部屋を継承した。

 2025年9月29日に定年を迎えるため、元前頭・玉飛鳥に継承させ、自らは熊ヶ谷となって参与として残った。なお、最高位が十両の年寄が65歳の停年まで在職したのは1989年5月の元十両・一錦の友綱親方以来となった。また1961年1月の定年制実施以降6人目となった。ちなみに最高位が十両の現役親方は大竜一人である。

続く