大嶽部屋継承に関して 元関脇貴闘力に関して 幕下時代から始まったギャンブル

 貴闘力は兵庫県神戸市兵庫区出身で二子山部屋所属だった。また現役時代は身長180センチ、体重152キロであり、突き、押し、張りて、いなし、引き、叩きを得意としていた。最高位は関脇であり、幕内最高優勝1回、金星9個の実績を残した。

 1983年3月場所で本名の「鎌刈」で初土俵を踏み、1989年3月場所後に新十両を決めた。この際に四股名を「貴闘力」と改名した。この頃から嫌いだった賭博に対して、貴闘力は「少しくらいなら良いか」という安易な気持ちで手を染めた。午前中の稽古が終わると午後は競馬や競艇、夜は部屋で麻雀をする生活を続け、年収の9割を賭博に費やした。また新十両の時は化粧廻しや着物などを作るために地元から集めた400万円を預けた人に持ち逃げされ、ギャンブルに使われてしまった。師匠に借金を申し込んだが貸してもらえず、手元に残ったお金で馬券を買い、的中させて再び工面したらしい。本人によると化粧廻しなし、幕下以下用の木綿の廻しで土俵に上がることも考えたようだ。

 その後1993年9月場所後に大鵬親方の三女と結婚し、娘婿となった。父親だけが反対したが、父親の6千万円の借金を結婚式の祝儀で生産することを条件に父は婿入りを飲んだ。

続く