負けん気の塊! 若碇改め藤ノ川 師匠の存在 現役時代の印象と引退後
現役時代の印象としては体が柔らかく、頭を付けての相撲は悪くなかった。ただ一番に対する執着心や執念といったものはあまり感じられなかった。良くも悪くも淡々と相撲を取っていたイメージである。幕内在位49場所だが、二桁勝利もなければ三賞もな ...
負けん気の塊! 若碇改め藤ノ川 師匠の存在 現役時代
師匠の伊勢ノ海親方は元幕内・北勝鬨である。北海道帯広市出身で伊勢ノ海部屋所属だった。また身長183センチ、体重148キロであり、右四つ、寄りを得意としていた。最高位は西前頭3枚目だった。
1981年5月場所に初土俵を踏 ...
負けん気の塊! 若碇改め藤ノ川 部屋の紹介
元小結・柏戸は1949年に現役を引退して伊勢ノ海を襲名し、伊勢ノ海部屋を再興した。そして横綱・柏戸や関脇・藤ノ川といった関取を育て上げた。
3代伊勢ノ海から「柏戸」の四股名を名乗った者が年寄・伊勢ノ海を代々継承してきた ...
負けん気の塊! 若碇改め藤ノ川 同部屋の錦木に関して 相撲の取り口
相撲の取り口は押し、左四つ、寄りを得意としているが、立ち合いが遅い。そして土俵際で残すと反撃に出るといった内容が多い。一方立ち合いの当たりが強いと先述の2023年7月場所のように手がつけられなくなる。ただ基本的にはツラ相撲であり、勝 ...
負けん気の塊! 若碇改め藤ノ川 同部屋の錦木に関して 殊勲賞受賞と三役昇進
入幕後は幕内に定着したが、2020年に十両に転落すると負け越しが続き、あわや幕下落ちというところまで追い込まれた。しかしギリギリのところで回避するとその後は勝ち越しを続け、2022年3月場所で再入幕となった。
入幕後も ...
負けん気の塊! 若碇改め藤ノ川 同部屋の錦木に関して 新入幕まで
藤ノ川は高校時代に着々と実績を積み上げ、複数の大学からも誘われた。しかし父の甲山親方の「今は幕下も多いし、錦木が現役バリバリのうちに胸を出してもらった方が絶対にいい」という助言に従い、伊勢ノ海部屋に入門している。そして入門後は順調に ...
負けん気の塊! 若碇改め藤ノ川 弟の碇潟(いかりがた)に関して
碇潟は藤ノ川の弟であり2つ年下で、甲山親方の次男である。また身長174センチ、体重124キロであり、突き、押しを得意としている。出身地は兄と同じく父の出身地である京都府京都市西京区としている。
埼玉栄高校3年で、昨年1 ...
負けん気の塊! 若碇改め藤ノ川 父の大碇の甲山親方に関して 引退後
その後2004年11月場所限りで現役を引退し、準年寄・大碇となった。2005年5月に借株で年寄・甲山を襲名し、年寄名跡を正式に取得した。現在は伊勢ノ海部屋の部屋付き親方として後進の指導に当たっている。そして師匠の伊勢ノ海親方が協会の ...
負けん気の塊! 若碇改め藤ノ川 父の大碇の甲山親方に関して 現役時代
大碇は京都府京都市西京区出身で伊勢ノ海部屋所属だった。また身長177センチ、体重137キロであり、突き、押しを得意としていた。
京都商業(3年次より京都学園)高校時代には全国大会の優勝経験があり、同志社大学でも全国大会 ...
負けん気の塊! 若碇改め藤ノ川 相撲の取り口
押し、左四つ、寄り、投げを得意としている。まずは得意の左四つに組む相撲を取り、押し相撲は二次的といったイメージがある。また立ち合いで頭からぶちかますのは父の大碇とそっくりである。しかし大碇は突き押し一本だったのに対して藤ノ川は四つ相 ...